安楽死について

昨今高齢になっても自分は死なないものだと多くの人たちは思っているようだ。
確かに平均寿命は確実に伸びているし、80歳前後でも矍鑠としている人が多い。
しかしながら人間70歳を過ぎれば、体のあらゆる臓器には老化が見られるのは当たり前でそうでない方がおかしい。また長生きしていることはそれまで癌になっていないということで、言い換えればこれからはいくらでも癌になりますよということです。
年を取ってからの癌は発育も比較的緩やかですし仲良く一緒に老いていくのもQOLを考えれば望ましい選択肢の一つと思います。先日も95歳のお年寄りの往診を頼まれました。半年前まではバイクにのって走り回っておられたそうです。食事が出来ず食べたものは少しだが吐いてしまうという訴えでした。体重もひどく減少しているようです。顔を見ただけで何か重篤な病気が推察されました。来院のうえ検査をお勧めしましたが頑として拒まれました。耳は遠いのですが意識は明瞭でご自分の意志をはっきりと表明され、周りのご家族もこれを尊重されていました。医師としてはこれ以上の口出しは出来ませんので、週に1−2度顔を見ながら最小限の関わりかたしか出来ませんでした。最終の場でも酸素吸入も拒否されました。自ら死を選択されたのでした。見事なものでした。お百姓さんでしたが、その仕事をとうして培われた実学のしからしむるところだと感服いたしました。
これとは逆にやはり90歳前後の老人が入院医療を受けられ亡くなられた例で医事紛争が発生しかけている事例があります。勿論それにはそれなりの理由があるはずですが、それにしてもという感を抱くのは私だけでしょうか。
インフォムドコンセントが盛んに言われる昨今ですが、そのためにはもっとも基本的なしかも重大な問題は癌の告知です。この問題を抜きにしてインフォムドコンセントや自己決定権を云々するのはお金を持たずに買い物に行って高い安いと文句を言っているようなものではないでしょうか。
自己責任に基づく自己決定権でありインフォムドコンセントなのです。
癌の告知にはいくつかの要件を満たさなくてはならないというのが今の社会情勢です。
しかしながらいちばん根底にある問題をそのままにして自己決定権だのインフォムドコンセントなどの問題を議論するのは砂上に楼閣を築く議論のような気がします。
詐欺商法に引っかかったのは此れを宣伝したマスメヂアが悪いの、此れに関わった政治家が悪いなどと良く耳にしますが一体全体ご自分の責任はどうなっているのでしょうか。
日本の社会はまだまだ自己責任を云々出来る段階に達していないのでしょうか。此れを受け入れて物事を考えたり発言したりするべきなのでしょうか。
安楽に死ぬためにはこの自己責任に基づく自己決定権を主張する以外にはありません。
年を取ってから病を得てぼやぼやしていると病院に行かされてしまいます。病院というところは病を癒すところです。そのために全精力を傾けるのが医師の使命であると教育されています。医師法でもそのように規定されていますので適当に死なせてもらうためにはまず病院に入らないことです。よほどしっかりと自己を主張しないとこれは実現しません。家族やまわりの人たちは自分の責任を逃れるためにも病院入りを薦めます。
松田道雄さんが「安楽に死にたい」という本をお出しになりました。共感するところの多い本です。大変読みやすい本ですのでお勧めします。
積極的に死を早める行為は今の日本の法体系では許されません。病院でなければ自分の生命の行く先を自分で決めるという人にはその意志を尊重してくれる医師はいくらでもいます。但し現時点ではその人のおかれている環境や家庭状況、身体状況によることは避けられません。将来的には恐らく介護保険が整備されてくるでしょうから状況は変わってくると思います。一人住まいで生活条件の悪い人に一人の医師で対応するのは無理だと思います。
日本という国は元来お上の支配に委ねていた社会ですからまだまだ当分の間は自分が自分の運命や治療方針を決定するのは無理なのでしょう。そんな中で医事紛争の裁判ではインフォムドコンセントの不足や自己決定権の侵害やで医師に賠償責任を科する事例が増えています。個人主義の徹底しているアメリカでは見知らぬ人が自分の領域に入ってきたときfreeze(止まれ)と言っても分からなかったり無視して侵入する外敵には、自分を守るため銃を使っても当然としているのです。此れが良いとは言いませんが、自己責任や自己決定権というのはそれほど厳しいものだという認識はもたなければならないと思います。お上主導の民主主義をよしとするか、医療におけるパタ−ナリズムをよしとするのか、厳しいのは承知で自己決定権を拡張する方向の世の中が良いのかは国民の選択に委ねなければならない。民主主義を良いとするなら自己責任による自己決定の方向を追求するべきです。
自己決定の最たるものは自分で自分の死を決定する自殺の肯定でしょう。
安楽死を法制化しようとする動きが幾つかの国であります。アメリカでは自己決定権の延長線上に位置づけて論議されているようです。オ−ストラリアのある州ではやはり自己決定権の一つとして安楽死法が施行されたのですが、先日のNHKの報道では逆転したようです。安楽死先進国のオランダでは安楽死を法制化することなく運用の中で安楽死を容認しているようです。法律では安楽死を禁じておいて、一定のガイドラインにそって行われた安楽死はその報告を検察にすることにより要件を満たしておれば不起訴処分ということで処罰の対象にしないという取り扱いのようです。このやり方はいささか関与する医師にきびしいようで法の制定を求める声が医師の側から上がっているようです。 ご意見をお聞かせください。

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